2010年12月5日更新
下関漁港閘門 正面(関彦橋から)
関門海峡側の閘門 歩道入口
下関漁港側の閘門
水門橋
小門海峡の水路と水門橋
下関漁港閘門は、下関市の本土と彦島を隔てる小門海峡(関門海峡小瀬戸)にある世界最小のパナマ運河式水門。水路は長さ50m、幅8mしかない。1936年の設置以来、70年が経過したいまも稼動中だ。水産庁が発表した「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれた。
1937年以前の関門海峡は巌流島の北側に入り江があり、奥が小門海峡に繋がっていた。後に入り江は下関商港の築港により埋め立てられた。下関漁港はかつて小門海峡の入口東岸にあり、瀬戸内海と日本海の両睨みだったから、関門海峡へ抜ける海路を絶たれるのには抵抗があったろう。かくして彦島は陸続きにならなかった。
パナマ運河式というのは、「高低の差が大きい水面を閘門扉で仕切り、水位を同じに調節して船舶を進ませる」(小学館)方式。関門海峡は東流れ・西流れがあることから分かるように、瀬戸内海と日本海の干満差によって激しい潮流が生じる。水門は小門海峡をこの潮流から守り、奥にある下関漁港を凪いだ状態にするためにある。
下関漁港から関門海峡へ船が抜ける場合、まず北水門が開いて小門海峡の水位に合わせ、安定した後に船が入る。次に北水門を閉じて南水門を開き、関門海峡の水位に合わせる。安定した後に船が出てゆく。やけにのんびりした話だが、彦島をぐるりと一周するよりは速い。
下関漁港閘門は幅40mほどの海峡を塞ぐ浮島状埋立地によって構成する。中央に船舶用の水路があり、大和町側にも幅4mほどの水路がある。こちらは溝の上に管や桁をいくつも渡して船舶の通行を阻む。水門は一つしかなく、単に水を仕切るための水路だろう。
水門は上側に歩道がついている。水門はあちらが開けばこちらが閉じるのだから、両側の水門に歩道を通すことで常時通行を可能にした。「竣工当初は開閉式の水門の上を人やバスが通行していました」(日子の島)とあるが、どういう形式だったのか見当がつかない。
水路の中央を横切る現在の昇開式可動橋は、100mほど南側に架かる大動脈・関彦橋の車両通行量の緩和を目的として1982年に架けられた。水路は幅8mしかなく、周囲は公有地だから土地を収用する必要もない。ここに可動橋を架けたほうが、延長250m級の橋を新たに架けるより安上がりと判断したのだろう。
水門橋は立方体の骨組み構造で、4点支持で車道を上げ下げして船や車を通す。「まるで機械式立体駐車場を拡大したよう」(建築マップ)という感想の通りだ。毎日、朝・昼・夕の3回しか開かないため、時間外に船がやってきても、車両感応式信号機や押しボタン式信号機のように信号が変わることはない。
水門橋が加わったことで、道路としては歩道橋+車道橋+歩道橋の三連橋になった。車道・歩道ともに平坦で、入口には踏み切り形式の遮断機があり、まさに鉄道線を横切る感覚で海峡を渡れる。ただ、車道は昇開したら単純に通行止めとなり、歩道のように常時通行を可能にする仕組みがない。生活道路としては使いにくい。
2007年8月29日作成
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The Lock Gates of Odo Inlet (or The Kanmon Straits Minor)